丸山真男「日本の思想」より

「こうしてイメージというものはだんだん層が厚くなるに従って、もとの現実と離れて独自の存在に化するわけでありまして、つまり原物から別の、無数の化けものがひとり歩きしている、そういう世界の中にわれわれは生きているといっても言い過ぎではないと思います。しかも今、本物と化けものというふうに申しましたけれども、ある対象について多くの人々が抱くイメージが共通してきますと、たとえばアメリカってのはこういう国だ、あるいはソヴィエトってのはこういう国だというような、漠然とした、それほど体系的に反省されていないような一つの像ですね、その共通の像というものが非常に拡がってきますと、その化けものの方が本物よりもリアリティをもってくる。つまり本物自身の全体の姿というものを、われわれが感知し、確かめることができないので、現実にはそういうイメージを頼りにして、多くの人が判断し行動していると、実際はそのイメージがどんなに幻想であり、間違っていようとも、どんなに原物と離れていようと、それにおかまいなく、そういうイメージが新たな現実を作り出していく―イリュージョンの方が現実よりも一層リアルな意味をもつという逆説的な事態が起るのではないかと思うのであります。」 思想のあり方について